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1975年9月21日生まれ。東京都出身。
トライフォース柔術アカデミー総代表。 96年よりカーリー・グレイシーの弟子・グラップラー平直行に師事し、柔術の手ほどきを受ける。格闘技はおろか、何の運動経験もないまま柔術を始めるが、その才能をすぐに開花させる事となった。競技者としてのキャリアがスタートしてからは、国内敵なしの実力を誇り、98年、99年の全日本オープン大会を連覇する。
2000年以降は主戦場を海外に移し、あらゆる国際大会で戦い好成績を収める。またブラジルの名門アカデミー・アリアンシへ入門し、長期の修行を敢行した。02年、ブラジルのリオデジャネイロ州リーグ杯を制し、アリアンシの総帥アレッシャンドリ・パイバより黒帯を許される(日本人史上初の快挙)。
黒帯取得後、02年11月に行われた全日本オープン大会にて、ミスター柔術・中井祐樹に勝利し、大会を制覇する。名実ともに日本最強の称号を得る。2004年には自らの理想を実現すべくトライフォース柔術アカデミーを設立した。
早川は競技としての柔術の実践者であるだけでなく、セルフディフェンスの技術にも精通している。日本では、それを指導することが出来る数少ない指導者のひとりだ。全国各地で柔術セミナーを行い、普及にも力を入れている。現在は選手としての活動を続けると共に、道場の後進の育成に力を注いでいる。
1980年8月23日生まれ。愛知県出身。
柔道の名門、東海大学柔道部の出身であり、国体出場経験を持つ。体育学部武道学科を首席卒業後に、オリンピックを目指し励んでいた柔道は引退し、スポーツクラブに就職した。しかし強くなることへの情熱を内に秘めたまま悶々とした毎日を過ごしていた。そして柔道引退から2年後の2004年、新たな境地を目指して柔術をはじめることを決意する。
入門する道場を決めるにあたり、最初に書店で手に取った資料は、現在の師である早川光由のDVD「アートオブ柔術」であった。その映像を見て、芝本は本当に衝撃を受け、また感動したという。柔術とは何か、それを学ぶために芝本はトライフォースの門を叩いた。
入門翌年の全日本オープン大会では青帯部門での優勝を果たし、紫帯ではさらに関東選手権、全日本オープン大会を制している。国内トップ選手として、現在最も注目されているひとりである。立ち技、寝技ともに優れたオールラウンドファイターであると同時に、健康運動指導士とJATI-ATI(トレーニング指導者)の資格を保有していることから、指導力にも定評がある。
1974年7月26日生まれ。北海道出身。
トライフォース新宿ヘッドインストラクター。高校を卒業後、青春時代を過ごした札幌からミュージシャンを目指して上京したミケールは、専門学校時代の友人の紹介で、人気バンド『ダンス☆マン』のメンバーに抜擢され、1999年の紅白歌合戦では郷ひろみのバックバンドとして演奏するまでに至った。
高校3年間はラグビー部に在籍していたが、小柄なミケールが結果を残せる世界ではなかった。格闘技を見ることが好きだったミケールは、ある時目にした『柔よく剛を制す』ブラジリアン柔術の魅力に大きく惹かれて、ミュージシャン活動の傍ら、柔術道場へ入門し日々練習にも励むようになった。
ミュージシャン活動を終えた後は、柔術が生活の中心となっていたミケールだが、人生の岐路に立ち、柔術家としての進退を考えることもあった。そんなとき早川と出会い、新天地であるトライフォースで柔術を続けることを決意した。指導者としてのミケールは、小さな体でも勝てる柔術の醍醐味を、生徒に伝えていくことを目標としている。
1978年2月22日生まれ。東京都出身。
小学生~高校3年生まではサッカーに熱中する少年時代を送っていた新明は、1996年、格闘家を目指し正道会館に入門した。無類の格闘技ファンであった新明が特に憧れていたのは、今は亡き偉大なK-1ファイターのアンディ・フグであった。平直行(早川の師)からその熱意が認められ、当時行われていた『チーム・アンディ』の練習に参加していた時期もある。アンディの蹴りでロク軟骨を骨折した経験は、今も名誉の勲章であろう。
選手としては、当時では珍しい『ボディへのパウンド有り』のアマ総合ルールでデビューを果たし、格闘技雑誌での注目を集めた。その後、様々な柔術大会に出場し、派手な攻め、ジャンピングパスガードなどを駆使するスタイルから、いつしか『鳥人』の異名を取るようになった。2002年には早川と共にブラジル修行を経験し、世界選手権で価値ある1勝を上げたこともある。
格闘技人生がはじまって以来、早川と同じ道を歩み、現在も弟子として柔術を学び続けている。早川の大試合の際には常にセコンドを任されるなど、信任は熱い。現在は、トライフォースの本部指導員として、現場を任されている。
佐藤雅一
ブラジリアン柔術茶帯
丹裕
ブラジリアン柔術茶帯
井賀孝
ブラジリアン柔術紫帯
野村功一
ブラジリアン柔術紫帯
糸魚川俊輔
ブラジリアン柔術紫帯
青木多恵子
ブラジリアン柔術青帯
伊藤俊亮
ブラジリアン柔術青帯
1975年7月1日生まれ。福岡県出身。
トライフォース麹町スタジオ代表。大学時代は部の主将として空手に打ち込んでいた石川は、留学先のアメリカ・アリゾナ州で、柔術との運命的名出会いを果たした。帰国後は早川と合流し、以後同じ道を歩む。その風貌から“マッチョドラゴン”の異名を取る国内屈指の実力者。2004年にブラジルで行われた世界選手権では、初参戦ながら3位入賞を果たし、その実力を世界に知らしめた。
ブラジルでは、ヒカジーニョことヒカルド・ヴィエイラが指導するBRASAアカデミーで修行を積んでいる。NO-GI・サブミッションレスリング系の大会でも活躍しており、数々のタイトルを獲得している。道衣あり・なし問わず、その幅広い技術の指導力には定評がある。
06年、日本初開催となる国際大会「アジア選手権」において優勝を果たし、同年11月に早川から黒帯を授与されている。2007年2月より、トライフォース麹町スタジオをオープンさせる。『柔術スタジオ』のコンセプトのもと、より楽しく親しみやすい柔術の確立を目指している。
1975年8月4日生まれ。東京都出身。
トライフォース・スタイルズインフィニティ代表。日本柔術界の黎明期より活躍してきたが、早川の独立に際してその理想に共鳴し、トライフォースへの参加を表明する。元プロ・ミュージシャンという肩書きを持つ異色の柔術家である。
国内の主な戦歴には、04年のプロ柔術への連続参戦がある。体重差30kgの強豪カバウカンチ・ジュニオール、パラエストラ東京の青木真也らに勝利し、国内トップクラスの実力を証明している。また元柔道オリンピック強化選手・小斎武志と柔術ルールでの対戦経験などもある。
ブラジルでの修行地は名門アリアンシ。ファビオ・グージェウ、マルセロ・ガッシアなどから指導を受けている。渡辺の柔術に体格差は関係なく、文字通り「柔よく剛を制すスタイル」を体現している。06年ヨーロッパ選手権を制し、悲願の海外初タイトルを奪取。同年9月に早川から黒帯を授与される。2007年9月より、トライフォース・スタイルズインフィニティ秋葉原をオープンさせた。
1971年4月30日生まれ。東京都出身
トライフォース五反田代表。総合格闘家を目指し、正道会館で柔術を始める。柔術と同時に空手、レスリングなどの習得にも励み、プロ修斗など総合格闘技で6戦のキャリアを持つ。早川がトライフォースを設立するのとほぼ同時に、プロ総合格闘家を引退し、柔術家として新たなスタートを切った。
高いフィジカルをベースにしたスタイルが特徴で、すべての局面で優れた技術を持つオールラウンダー。本場ブラジルでの修行経験もあり、世界選手権、パン・アメリカン選手権などの国際大会にも積極的にチャレンジしている。07年の全日本オープン大会を制し、早川から黒帯を授与されている。
中山は、パーソナルトレーナーという副業を持ち、フィジカルトレーニン グ、栄養管理などの知識も豊富である。常に厳しい体調管理を怠らない姿勢は他の柔術家からも一目置かれている。2008年4月には、南東京エリアではネットワーク初の支部となる、トライフォース五反田をオープンさせた。
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